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◆ 高幡不動尊金剛寺 ◆
 

 真言宗智山派別格本山、高幡山明王院金剛寺は古来関東三不動の一つに挙げられ高幡不動尊として親しまれている。その草創は古文書によれば、大宝年間(701)以前とも或いは奈良時代行基菩薩の開基とも伝えられるが、今を去る1,100年前、平安時代初期に慈覚大師円仁が、清和天皇の削がん勅願によって当地を東関鎮護の霊場と定め、山中に不動堂を建立し、不動明王を御安置したのに始まる。のち建武二年(1335)八月四日夜の台風によってやんちゅうの堂宇(どうう)が倒壊したので。時の住僧儀海上人が康永元年(1342)麓に移し建てたのが現在の不動堂で関東稀に見る古文化財である。続いて建てられた仁王門ともども重要文化財に指定されている。足利時代の高幡不動尊は「汗かき不動」と呼ばれて鎌倉公方を始めとする戦国武将の尊崇をあつめ、江戸時代には関東十一檀林に数えられ、火防の不動尊として広く庶民の信仰をあつめた。

 

当時門末三十六ヶ寺を従え、関東地方屈指の大寺院であったが安永八年の業火により大日堂をはじめ大師堂、山門、客殿、僧坊等を一挙に消失した。その後、歴代住持の営々たる努力により徐女医復興に向かったが殊に昭和五十年代以降五重塔・大日堂・鐘楼・宝輪閣・大回廊・奧殿等の工事が相継ぎ往時を凌ぐほどの寺観を呈するようになった。日本一と称えられた重要文化財の丈六不動三尊は現在(財)美術院(京都国立博物館内)で修復作業中で、平成一四年春にご帰山の予定である。

 
◆ 高幡不動尊の文化財 ◆
 

 高幡不動尊は十一世紀頃までに大寺院の形態を整えたと言われ大日如来像。不動明王像、二童子像、菩薩像(三躯)、歓喜天像等平安時代の古像が現存しています。江戸時代安永八年の大火でその歴史にふさわしい寺宝の大半を消失しましたが古文書などを含めますと尚二万点近い重要な文化財が収蔵されています。昭和六十年から行われた東京都および日野市の文化財総合調査により数多くの発見があり、その一部が寺宝展会場に陳列されています。

 
 主な文化財と寺宝
 

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仁王門

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宝輪閣

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五重塔・豊泉翁の碑

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山門

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大日堂

 

建造物 不 動 堂   重要文化財 康永元年
    仁 王 門   重要文化財 室町時代
    五部権現社殿   都有形文化財 寛文十年
佛 像
佛 画
不動明王像   重要文化財 平安時代
  こんがら童子像 重要文化財 平安時代
    せいたか童子像 重要文化財 平安時代
    大日如来像 市指定文化財 平安時代(十世紀)
    歓喜天像   平安時代
    菩薩像三躯   平安時代
    弁財天十五童子 都有形文化財 室町時代
    地蔵菩薩画像 市指定文化財 鎌倉時代〜江戸時代
    (他二十六点)    
工 芸 鰐   口   重要文化財 文永十年銘
    不動尊火炎刻文 重要文化財 康永元年銘
    五部権現神碑 重要美術品 暦応三年
    太   刀 伝伯耆安網作 平山季重佩刀
    薙   刀 三条宗近作 北条氏照所持
古文書
聖経類
権 進 状   重要文化財 応永二十二年 長弁和尚筆
  像内文書(六十九点) 重要文化財 南北朝時代
    理趣経曼荼羅 重要美術品 鎌倉時代
    八箇大事 重要美術品 平安時代
    古 今 集 市指定文化財 室町時代 今川範政筆
    土方文書 (八点) 市指定文化財 室町〜桃山時代
    古書・古教典 市指定文化財 (約八千点)
史跡等 新選組記念碑   市指定史跡 明治九年銘 二十一年建立
    山茱萸(二本) 市指定天然記念物 樹齢二百年以上
    愛宕山の
自生針葉樹群
市指定天然記念物  

     
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